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喫茶ま・ろんど

TSFというやや特殊なジャンルのお話を書くのを主目的としたブログです。18禁ですのでご注意を。物語は全てフィクションですが、ノンフィクションだったら良いなぁと常に考えております。転載その他の二次利用を希望する方は、メールにてご相談ください。

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(一般創作)化け物の行方

 科学者は、謎の病原体だとか、寄生虫だとか、遺伝子変異だとか、色々言っている。
 怪しい奴らは、呪いだとか宇宙人の仕業だとか神の裁きだとか言っている。
 つまり、俺のような奴らがこれだけ命がけで頑張っているというのに、まだ何一つ分かっていない、というわけだ。
 子供が突然得体のしれない化け物になって、人間を襲う。まれに、脳までは侵されず、外見のみが変化する場合もある。しかしその場合も、ある程度知能は減退する。また、例外なく筋力は大幅に増加するが、人間の頃にできたような細やかな作業は不可能となる。
 それしか分かっていないのだから、全く悲しくなってくる。
 そのくせ、親から子供を奪って殺す俺はひとでなしと侮蔑され、その死体を研究材料にしている奴らは、希望の光だともてはやされているのだから本当にもうやる気のなくなることだ。
 などと愚痴るぐらいなら、こんな仕事をやめるべきなのだろう。
 高い給料をもらっているのだから、どうにか割り切って今日も働くとしよう。
 今日の仕事場であるアパートのとある一室の前で、そんなことを考えた。
「すみません。いらっしゃいますか」
 と言って、これまで返事が返ってきたことは殆どない。
 理由は簡単だ。
 化け物になった子供の一番近くにある食料が何なのかと考えれば良い。
 外見のみが変化し、無害の場合もあるが、そういうときは、俺のような人間が来る前に子供を連れて逃げている。
 同じ病気の子供たちを生み出さないため、なんて理由で研究所に隔離されていじくりまわされるのだから当然だろう。
 どんな不気味な姿になったとしても、親にとって子供は愛らしい子供のままなのだ。
 むろん、そう考えない親もいる。
 だが、そういう親は、こうなる前に自分から子供を売りに来る。
 だから、こうして私が出張っている以上、決してドア向こうから声が返ってくることはあり得ないのだ。
 唯一声が返ってくるのは、通報がガセだった場合のみだ。
 案の定返事もなかったので、大家から預かった合鍵をドアに差し込む。
 果たしてそこに見えるのは、陰惨な光景か、それとも抜け殻と化した空間か。
 入口を開けると、そこには少なくとも化け物も死体も存在しなかった。とはいえ油断はできない。
 部屋は一つだけではない。台所、居間、風呂場。などなど、家の中には色々な部屋があるのだから。
 まずは、と思い居室を目指すと、そこには奇妙な光景が広がっていた。
 床全体に画用紙が散らばっているのだ。
 それも、ようく見てみると、色とりどりのクレヨンで文字が書かれている。
「パパは」
「だから」
「ママが」
「あんまり」
「もう」
「おおきい」
「ちいさい」
「いっぱい」
 などなど。どれもこれも画用紙いっぱいに、二文字から四文字の単語が書き込まれている。
 何のことかと少しばかり考えたが、すぐに一つの推察にたどり着いた。
 これは、子供の書いたものではなかろうか。
 事前に確認した情報によると、ここの子供は十歳の女児とのことだ。
 十歳であればもうとっくに覚えているだろう漢字も使われていない。全ての言葉が平仮名だ。
 この点は、変化による知能の低下に該当する。
 そして、一つ一つの文字の大きさだ。
 これだけのサイズの画用紙に四文字までしか書かれていないのは、器用さに難が出ているためだろう。
 これもまた、変化による症状に該当している。
 となると、やはり今回はガセ情報ではなかったと確信が持てる。
 しかし、それならば問題の子供はどこにいるのか。
 親を食べて隠れているのかそれとも親と一緒に逃げたのか。
 他の部屋を調べるべきか、とも思ったが、それよりも先に、この画用紙が気になる。一枚当たりの文字数は少ないが、どうやら文章のように見えるのだ。
 ならば、何か情報が隠れていてもおかしくはない。
 そうして、私と画用紙との格闘が始まった。
 どれほどの時間が経ったか。苦労の末、ようやく全ての画用紙を組み合わせることに成功した。

「ママの ごはん おいしい」
「パパは おなか おおきい でも すこし へんな におい」
「きょうは ひとりで たべた パパ ママが いない だから あじは あんまり おいしく ない かなしい でも いっぱい たべた」
「パパと ママが わたしは ちいさい から へいき もう ここには いない いそいで だって」

 苦労した甲斐があった。思っていた以上に重要な情報が書かれている。
 これが変化した後に書かれたものである以上、少なくとも子供は人間を襲うような化け物になったわけではないということだ。
 そして、両親は健在であるのに、一人で食事していることを悲しんでいる。
 この時、両親は何をしていたのか。
 考えるまでもないだろう。子供と逃げるための準備をしていたのだ。
「わたしは ちいさい から へいき だって」
 とあるのだから、ボストンバッグか何か、子供がすっぽりと入れるような何かを用意し、それを抱えて逃げたのだろう。
 ここまで判別できれば、もうこの部屋にいる意味はない。
 私は画用紙の束をテーブルの上に整えて置き、急ぎ部屋を後にした。
 同時に携帯電話を手に取り、同業者へと連絡する。
「対象は逃亡。ボストンバッグか何か、子供を中に隠して逃げている模様。至急各所の監視カメラを調査し、同時に各交通機関での目撃情報を収集願う」
 アパートの階段を降りたところで、対象者の車が残っていることに気付く。
 車では、確かに移動は便利だが、ナンバーなどから特定されると考えたのだろう。タイミングによってはあっさりと捕まってしまう。
 その辺りから、なかなかに賢い両親であることが想像できる。
 とはいえ、どんな逃げ方をするにしても、完全に痕跡を隠すことは不可能だ。
 どこかに必ずその証拠を残している。
 私は、それを慎重に探し出し、焦らず確実に追い詰めれば良いだけなのだ。



 そんなことを考えていたのに、完全にあてが外れた。
 子供を想う愛ゆえ、なんて綺麗事を言いたくはないが、対象者の足取りは全くつかむことができなかった。
 あれから街中にある監視カメラの映像を入念に確認し、駅、バス会社、タクシー会社、親戚筋や周辺住民への聞き込み調査を行ったが、全く目撃情報が見つからなかったのだ。
 そんなことが果たして可能なのか、と頭を悩ませたが、実際に目撃されていないのだからどうしようもない。
 こうなってしまってはお手上げだ。
 だから私は今、こうして、これ以上の意味はない、と考え、ろくろく調査を進めなかったあの部屋へと再び足を踏み入れた。
 他に何か、重要な情報が残っていないかどうか、調べ直すためだ。
 当然だが、あの日と比べて変わっているところはなかった。
 何もかもが同じで、私が整えて置いておいた画用紙の束もそのままに置かれている。
 さて、どこから調べるべきか、と考え部屋を見回した時、一つのことに気が付いた。
 画用紙だ。
 私が束ねた画用紙と別に、一枚。
 あの日は気付かなかった。タンスと壁との隙間にもぐりこんでいる画用紙が一枚あったのだ。
 何気なくその一枚を取り出し、私は首をかしげた。
「あじは」
 間違いなく、この画用紙束の中に含まれるだろう一枚だ。
 しかし、これはどうしたことだ。
 改めて自分の並べた画用紙を調べ直す。



「ママの ごはん おいしい」
「パパは おなか おおきい でも すこし へんな におい」
「きょうは ひとりで たべた パパ ママが いない だから あじは あんまり おいしく ない かなしい でも いっぱい たべた」
「パパと ママが わたしは ちいさい から へいき もう ここには いない いそいで だって」



 これは、妙だ。
「あじは」
 という単語がどこに入るというのか。
「ママの ごはん あじは おいしい」
 と読むこともできるだろうが、その後に続く文章がないことを考えると、少しばかり不自然だ。
 まさか。
 さぁっと血の気が引く。
 私はとんでもない間違いをしでかしていたのではないか。
 そんな馬鹿な話があるものか。
 そんな偶然があってたまるものか。
 乱れる呼吸を必死に整えながら、私は画用紙の束を握りしめ、全ての部屋を見て回った。
 そして、嫌な予感は当たった。
 私はとんでもない馬鹿ものだったのだ。
 真っ赤に染まり、異臭のこもった風呂場を前に、私は茫然と立ち尽くした。
「ぐぇ」
 ああ、そしてどこに潜んでいたのか。
 音もなく近づいた化け物は、私の首を一突きに貫いた。
 手に持っていた画用紙の束が落ち、その場に散らばる。
 私は力なくその場に倒れ込む。
 視界の先で化け物は、画用紙の束を手に取り、ゆっくりと丁寧に並べ替えた。
 正しい順番に。
 それを見届けながら、私の意識はゆっくりと閉じていった。


「ママの あじは おいしい でも ちいさい」
「パパは あんまり おいしく ない でも おおきい」
「だから パパ から たべた きょうは おなか いっぱい」
「ママが すこし へんな におい いそいで たべた あじは へいき」
「もう ここには ごはん いない だって パパと ママが いない わたしは ひとりで かなしい」

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