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喫茶ま・ろんど

TSFというやや特殊なジャンルのお話を書くのを主目的としたブログです。18禁ですのでご注意を。物語は全てフィクションですが、ノンフィクションだったら良いなぁと常に考えております。転載その他の二次利用を希望する方は、メールにてご相談ください。

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ゆでたまっ!七個目 猥・おぼえていますか(後編)

「うはっ! どうしたんすか、兄貴」
「テメェがボケ倒してるから見つかっちまったんだよ。縛っとけ! ロープはまだあったろ」
 長身――スーツの男がアロハに向かって睨みを利かせる。と言っても俺はスーツに後ろから腕を掴まれている状態だから睨んでいるのは見えないが。アロハの動きで睨まれているんだろうなあ、というのを推察しているだけだ。
「ま、マジですか。すみません」
「謝ってる暇があったら縛れっつってんだよ! おら!」
「痛っ!」
 不意に突き飛ばされる。油断していたためバランスが取れず、前のめりに倒れ込んでしまった。
「耕也さん!」
「ああ、耕也大丈夫!?」
「ああ、平気だから大人しくしてろ。素直に従った方がよさそうだ」
 頭をさする。床に打ち付けはしたがどうやら血は出ていないようだ。それでも結構な痛みではあるが。取り敢えずは前向きに、こうなったのが俺で良かった、と今は思っておこう。彰も小春さんも女の子だし、顔に怪我させるわけにはいかないからな。
「女二人も連れて、兄ちゃんモテモテだねぇ。いい男で羨ましいわ。ま、ともかく見られちまったんなら仕方ねぇ。しばらく大人しくしててもらうぜ」
 見た目のイメージとは裏腹に、アロハが器用な手つきで俺の手足を縛る。慣れてるんだろうか。としたらこういうことを割と頻繁にやってるとか……。
 なんてことを考えている間に手足はがっちりと拘束されてしまった。
 ……ああ、クソ。こうして縛られたら本当に何もできなくなるな。
 試しにもがいてもみたがびくともしない。もっとも、二人も相手に下手な暴れ方したら、彰や小春さんやこの女の人が危険な目に合うだろうから手足が自由でも結局どうにもできないだろうが。ああ、こんなことなら俺が一人で見に来るべきだった。そうすれば異変を感じた二人に警察に行ってもらうくらいはできたのに。
「うし、兄さんは終わり。ほら、次はそっちの可愛いらしいお嬢さんだ。大人しく後ろ向きな」
 彰と小春さんが同時に後ろを向く。
「……あれ、小春ちゃん。今あの人は『可愛いお嬢さん』って言ったんだよ? なんで小春ちゃんが従うのさ」
「あらあら彰さんこそ。さっきも言いましたけれど、自分で自分のことを可愛いアピールするのはどうかと思いますよ」
「それを言ったら今の小春ちゃんだって同じじゃないか。そう思ってるから今従ったわけでしょ」
 こんな時にくだらないことで争わないで!
「おい、悩んでねぇで、どっちでも良いからとっととやらねぇか。ったく」
 スーツがアロハに命令を飛ばす。見た目的には明らかに若いんだが。やっぱりこういう世界は実力主義だからこういうことになるんだろうな。
 実力主義……。やっぱりケンカが強いんだろうか。俺もそれなりには腕力はあるつもりだけど、ケンカなんて全然したことないからなあ。力があれば有利だろうけど本質が違うものだろうから、やはり下手に反抗したら反撃食らって終わり。なんてことになりそうだな。やっぱり今は大人しく従うしかないか……。
「………………ねぇ」
 む? ああ、先に捕まってた女の人か。縛られた後、並べて寝かされたから顔が目の前に来ている。こうして間近で見てみると、やっぱり目つきはキツいけど美人系の人だな。ちょっと緊張する。なんか大人びた良い匂いもするし。彰や小春さんと違ってちゃんと化粧しているからこんな状況でも妙に色っぽく感じてしまう。
「役立たず」
 ……訂正。目つきと口調がキツい。
「なんでとっとと逃げて通報しなかったのよ。馬鹿じゃないの。ああもう。せっかく助かるチャンスだったのに最悪だわ」
「いや、すみません。俺だけなら逃げられたかもしれないけど、二人を置いて逃げたら危険があるかと思って……」
「なんであたし以外の人間の心配するのよ。アンタ馬鹿でしょ。少なくともアンタが逃げてれば、あたしにとっては状況改善だったのにさ」
 ……更に訂正。目つきと口調と性格がキツい。
「ね、君、名前は?」
 へ?
「名前聞いてるのよ。耳が悪いの? それとも頭の方が悪いの? 質問が難しすぎて理解できなかった?」
 やばい。彰と違う方向にムカつく人だ。
「冗談よ。和むでしょ?」
「和みません」
 ……分からない人だ。
「私は山田花子。ほら、名前教えたんだからあなたも教えなさいよ」
「超偽名っぽい……!」
「あら。分かっちゃった? さすがに嘘っぽいわよね。ごめんね。本当は弥魔堕覇撫呼よ」
「難しく言い替えただけじゃん! ていうか一層偽名っぽい!」
 名字の全てを把握しているわけじゃあないが、間違いなく日本に『弥魔堕』なんていう名字はないだろう。いや、そもそも口頭で聞いているから漢字は分からない筈なんだが。
「じゃあ俺も鈴木太郎で良いですよ」
「最悪。嘘つくとか人間のクズだわ」
 どの口が!?
「嘘とか何で決めつけるんですか。僕が本当に鈴木太郎だったら相当傷つくところですよ」
「だってさっきあの子達が名前呼んでたじゃない。耕也君」
 ………………そういえばそうだ。ていうかなんだこの会話。
 なんてトークを繰り広げているけれども状況的にはみじんも余裕が無いわけで。むしろ着実に悪化していっている。こうしている間にも彰と小春さんも縛られていっているし、スーツは注意深く俺達から視線を外さない。隙を付いて何か行動を、なんて到底できる状況じゃあない。
「まあ、そんなわけで耕也君。悪いけど、早くここから逃げ出して助けを呼んで来て頂戴」
「いや、そう言われても見ての通り縛られて腕が使えないし、あの二人を置いて逃げるわけには……」
「腕を片方切り落とせばいいじゃない。それで少なくとも一本は自由になるわよ」
「なんで名前も知らない初対面のあなたのために人生を左右しかねない決断をする必要が!?」
 ていうか腕一本切り落とせるような道具があったらロープを切るわ。
「あら、名前は言ったじゃない。夜摩陀刃那子って」
 さっきと字が違うし!
 ていうかもう良いや……山田花子さんで。
「おし、全員縛り終わったな。んじゃあ話を再開しようか。おいヤス。金のありかは聞き出せたのか?」
「ああ、スンマセン、この女強情でして。まだ何も……」
 ああ、馬鹿なことしてる間に結局彰と小春さんも縛られてしまった。まあ、さっきも言ったようにどうしようもない状況なんだけど。下手に刺激しないようにまずは状況を把握しないとな。
「ううん、品のない縛り方だなあ。逆海老や座禅縛りをやれとは言わないけど、せめて亀甲縛りくらいはしてほしかったとこだよ」
「仕方ありませんわ彰さん。見た目に品が無いのに縛り方に品があったら逆に気持ち悪いですし」
「それもそうだねぇ。あはは」
「下手に刺激しないようにまずは状況を把握しなきゃな!」
「痛い痛い痛い痛い。耕也、噛み付きはマジ痛いから。どうせ噛むなら頭じゃなくてお尻で頼むよ」
「変な奴らだなあ。妙に楽しそうにしやがって。縛られたのがそんなに良かったのか?」
 いや、そういうわけじゃないんですけどね。ていうか少なくとも俺はちっとも楽しくないんですけどね。
「少しは怖がってくれないとこっちもハリが出てこねぇんだがな。とはいえ、お前らをどうこうするつもりはねぇからどうでも良いっちゃあ良いんだけどよ。俺はこの女との用件が済めばそれで良いからな。お前らが警察に言わないって約束するんだったら、用事が済み次第解放してやるよ。ま、ホイホイとこんなところに来ちまってしくじった不用心さでも嘆いていてくれや」
 用件? てことはこの人達、誰でも良いって訳じゃあないのか。この女の人相手に何か目的が――なんだろう。
「ていうかお姉さんはなんで縛られてるの? 趣味?」
 おお、さらりと確信に触れる質問。こういう時、彰の図々しさが結構ありがたいな。
「趣味なわけ無いでしょ。コイツらが、私が金を盗んだとかイチャモン付けて縛り上げてきたのよ」
 金? そういえばさっき、金のありかがどうのって言ってたな。
「ああ!? テメェ、まだそんなこと抜かすか!」
 うぉ。恫喝怖っ。明らかに慣れてる。
 しかし、こんな状況で冷静に考えるのも何だけど、すぐに怒鳴る子分とそれを従える偉そうなスーツ男っていう対比がいかにも分かりやすいよなぁ。
「うるっさいわねぇ。私はお金を拾っただけなのよ。それなのに、あんなところに不用意に置いていた自分達の間抜けさを棚に上げてこんなことして。全くイラつくわ」
「それが本当なら災難でしたわね……。それじゃあお金は警察に?」
「え? なんでよ。拾ったんだからあたしの物でしょ」
「そりゃ盗んだとか言われるよ!」
「ええ!? なんでよ!?」
 マジで分かってない風な驚き方するのやめて……。本気でこっちの考え方がおかしいような気がしてくるから。
「てなわけで、どっちが悪いか分かったかい兄さん。確かにやり方は手荒かもしれんがな。なにせ額にして三百万だ。それを聞けば納得できるだろ?」
 さ、三百万!?
 学生の身からすればちょっと額が大きすぎてピンと来ない部分があるが、相当な大金じゃないか。昔、年収三百万生活みたいな本が流行ったことがあったし、つまりはちょっとしたサラリーマンの年収クラスの額ってことになる。
 サラリーマンが一年かけて稼ぐお金を盗んだって……そりゃあ拉致監禁もされるよ。
「大金じゃないですか!」
「そうよ。凄い大金。おかげで儲かったわぁ」
「だからテメェの金じゃねえだろうが!」
「あら、でもね、私にだってその点については言いたいことがあるわよ。そもそもあなた達がちゃんと管理していれば私が拾うような事態にはならなかったわけでしょう。そんな大金を不用意な扱い方していたせいでこうなったんだから自業自得だわ」
 ううん……? 理屈としては間違いじゃないような気がしないでもないが……いや、やっぱりおかしいよなあ。確かにそれだけの大金を落としたか忘れたかしているあたり、この人達に非が無いとは言いきれないだろうけど。それにしたって持ってったらまんま泥棒だ。こういう時は、確か一割だっけ? その程度を請求するっていうのが関の山だろうと思うんだがなあ。
「ちなみに、どこに落ちてたんですか?」
「こいつらの車の中」
 落としてねぇ!
「赤信号で止まってる車の中で、不用心に膝の上に置いてるんだもの。そりゃあいきなりドアを開けられて持って行かれても文句は言えないと思わない?」
 言えるよ! それで文句言えないって、この町はいつからそんな無法地帯になったんだ!?
「姉ちゃん……。世間一般じゃあなあ、そういうのは『拾った』じゃなくて『奪った』って言うんだよ」
 ですよねー。
「ふん、よくもまあそんなことが言えるわね。そもそも元を正せば私の金じゃない」
 え?
「どういうことですか? 『元を正せば』って……」
「あのお金はね。こいつらが私から奪ったお金なのよ。だから言うなれば『取り返した』って言い方が正しいの。分かった?」
 奪った、って……。それはつまり、本来の悪人はやっぱりこっちの二人組、っていうことなのか? ううむ、なんだか複雑になってきたな。
 じゃあ、車から無理矢理持って行ったのも、取り返すための手段として……? だとしても手段としてはあまりに乱暴で褒められたものじゃあないと思うんだがなあ。
「何が借金の返済よ。そんな、二週間も前に借りた金のことなんか時効に決まってるじゃない」
「元の元を正せば相手の金じゃないですか!」
 ていうか二週間って短っ!
「ねえ、耕也……」
 ん?
「この人、助けない方が良かったんじゃ……」
「私もちょっとそう思います……」
 ああ、この二人が引くくらいだからよっぽどだ……。
 っていうか彰と小春さんは別に悪人じゃあないからな。ちょっと常識がアメージングなだけで。
「分かったかい兄さん。俺は別に悪いことをしようとしているわけじゃあないんだよ。ただ、返す物を返してほしい。ただそれだけだ。悪いのはこの泥棒女なんだよ」
「ぐ……」
 スーツが俺の顎を足先で小突く。痛くはないが正直イラつく。しかし言っていることが間違っていないため反論はしづらい。
「ああ、耕也に変なちょっかい出すな! 耕也はノンケなんだからね!」
 そしてお前はわけ分からん突っ込みを入れるな。
「ノンケ? よう分からんが黙ってろ」
「あぅ……」
 ああ、彰のボケが通じない。彰もやりにくそうだ。即座に黙ってしまった。
「てなわけで姉ちゃん。とっとと返してくれや。いったいどこに隠したんだい?」
 俺たちのことは本当にどうでも良いんだろう。すぐに山田花子さんの方に目を向けた。
 ……まあ、三百万円のかかってる話だもんな。当然か。
「返したくても……もう無いわよ」
「オイコラ。ボケたこと言ってんじゃねぇぞ。だって三百万だぞ。たかだか二時間かそこらで使いきれる額じゃねえだろうが」
 ああ、二時間前の話なんだ……。二時間で三百万円が無くなる……ってどういう使い方したらそうなるんだろう。服……はどうだろう。本当に最高級の服ならそれくらいするかもしれないけど。着物とか。もしくは、どっかのお店で『この店のものを全部ちょうだい』とかやれば使いきれるだろうか。
 あとは……宝石か。宝石ならちょっとしたお店でも百万円単位のが売ってるだろうからな。山田さんがどうかは知らないけど、まあ、女性は大抵そういう光モノが好きだから、服よりはしっくりくる気がする。
「そう言われても無いものは無いんだからしょうがないでしょう。嘘だと思うんなら裸にでも何でもして調べてみなさいよ」
 そしてなんでこの人はこんな強気で居られるんだろう……。
「あ、兄貴、どうしますか……?」
「構わねぇ。本人が言ってるんだから望み通りにしてやろうじゃねぇか」
 そう言って山田さんの服に手を掛ける。ためらいが無いなあ。やっぱりそういう辺り、この人も根っこは悪人なんだろう。
 なんて冷静に考えてる場合じゃないな。幾らなんでもやり過ぎだろう。なんとかして止めさせないと。
「ちょっと! 幾ら本人が言ってるからって本当に脱がすとかないでしょ!」
 ぐぁ……。彰に先を越された。
 こういう洒落にならん状況では俺に任せてほしいんだがな。下手に睨まれて怪我させられたり、それこそ脱がされて辱めを受けたり。なんてことになったら目も当てられん。いや、出遅れた俺が情けないっていう話か。
「ああん? テメェに口出される筋合いはねぇだろうが。文句があるならテメェから引ん剝いて食っちまうぞ」
「そんなことしてる余裕があるならすれば良いだろ。三百万よりその人の裸を見る方が大事ならね」
「言うじゃねぇかお嬢ちゃん。俺らのこと分かって言ってんのか? その手の売り言葉には喜んで乗る人間なんだぜ? 分かって言ってるなら大したもんだがな」
「その、性格も頭も悪そうな、いかにもチンコに真珠埋め込んでそうな成りと喋りを見て分からない程世間知らずじゃないよ」
 ああもう。なんでこう色んな意味で相手を刺激するような言い方するかな。あんまり怒らせると本当に怪我させられるだろうが。一応見た目は女なんだから、その辺意識してもらわんと俺の胃が持たんぞ……。
「ほぉ、俺の頭が悪いってぇのか。じゃあ聞いてやるよ。どうしてそう思う?」
「あんな言い方して本当に隠し持ってるわけないじゃん。持ってないからこそ無い胸を張って言ってるんだよ。裸を拝んでる暇があるんだったら、嘘か本当かは分からなくても何に使ったのかを先に聞いた方がマシだと思うよ。まあ、尻の穴辺りに隠している可能性も無いとは言い切れないけどね」
 最後の一言が無ければ格好良かったんだがな。お前が格好良かったら世も末でもあるが。
「なわけないでしょ。どんだけ人の尻が緩いと思ってるのよ。ていうかあるわよ胸。あんたより圧倒的に」
 圧倒的かどうかは知らんが、いや、まあ、確かに標準的なサイズではある。ってこんな状況で分析する内容じゃあない。
「ふんだ、頭はユルユルにしか見えないね」
 おお、彰がキツい……。なんか普段の素とも猫被りとも違う気がするぞ……? あれか、女同士だからか?
「ちっ、仕方ねぇな。んじゃあとりあえず聞いてやるよ。おい、姉ちゃん。金は何に使ったんだ?」
「教えたら幾らくれるの?」
 凄ぇ! この状況でこの台詞!
 縛られて地面に寝かされて身動きできなくて、圧倒的に自分が悪くて俺が同じ状況なら謝る以外に選択肢の思い付かないだろうこの状況でなんでそんな台詞が吐けるんだこの人。
「金はやらんが殴るのは止めてやるよ」
「じゃあ殴りなさいよ。金が貰えないのに情報提供するくらいなら一生消えない傷を抱えた方がマシだわ」
 この人やっぱり筋金入りに色々おかしい!
「ちっ。兄貴、やっぱりコイツ剥いちまいましょうぜ」
「ああ、そうだな。聞いたところで金が戻ってくる気もしねぇしな。それよりもいいこと思いついた。おい、お前」
 え、俺?
「その女とセックスしろや」
 ぇ。
「それを撮影して金に換えるわ。三百万円分になるまで撮影させてもらおうか。おいヤス、確かロープと一緒にビデオカメラがあったろ」
「ああ、私のビデオカメラ……」
 小春さん……。ビデオカメラを用意して何する気だったんですか。
「ち、ちょっと! なんで耕也なのさ! 自分でやればいいだろ!」
 ああ、彰が慌てている。俺も慌てたいというか逃げたいわ。
「俺の顔が出ると売りにくくなるんだよ。兄さんに主演張ってもらった方が色々都合が良いっつうわけだ。それに、こんな女とヤって病気でも貰ったらたまったもんじゃねぇからな」
「病気の点は同感だね!」
 彰、お前はどっちの味方なんだ……。
 ……ああそうか、両方の敵なのか。
「病気なんて持って無いわよ! 失礼ね!」
 怒るのは当然かもしれんが、あんまり怒る資格が無いようにも思えるんだよなあ。この人の場合。
「確か色々使えそうな道具も一緒に置いてあっただろ。バイブとか浣腸とかな。あれでケツん中綺麗にしてアナルプレイなんてぇのも良いかもしれんな。それから利尿剤もあったな。あれでションベンさせるのも面白いかもしれねぇな」
「兄貴、こんなのもありますよ。名前は分からないけど、変わった形の拘束具が何十種類も。あとはローションの二十リットルボトルが三本」
 彰、お前はお前でここに俺を連れ込んで何をする予定だったんだ……。
「あの……」
 む? 彰が何か言いたげな表情で見つめている。
「女優部分を僕に変えていただ」
 てい。
「げぐ!」
 ああ、腕が使えないから頭に向かってかかとを落とす羽目になってしまった。痛いだろうなあ。反動で顔面を床に叩きつけられてるから、たぶん足が当たった後頭部よりも顔面の方が。
「は、なんだ。お二人さんはそういう関係ってわけかい。まあ、こっちとしちゃあ金が稼げれば良いわけだから、どっちでも構わんがな。若い分嬢ちゃんの方が稼ぎやすそうではあるし」
 こっちとしてはどっちでもまずいんですけどねぇ。いやそりゃ彰とは……とは思うが、それにしたって場所とか状況とかさあ。
 海が見える丘の上に立つ、白亜のホテルで初体験。なんて何十年前か分からないような夢を見ているわけじゃあないけど、幾らなんでもヤクザの前でカメラ構えられての初体験なんてのは流石に遠慮したい。
「ああ、でもなあ……流れでああは言ったけれど、初めての時は丘の上に立つ白亜のホテルが見える海で、って決めてるからやっぱりできれば遠慮したいかなあ」
 ……使っている単語は同じなのにえらい大変な違いだな。
「こっちもああ言ったが、確かにな。この女の尻ぬぐいにあんたらを使うってぇのは正直筋が通らん。となるとやっぱりこの女に女優は張ってもらうべきだわな。で、男優も兄ちゃんがダメとなると……」
 スーツが少しばかり思案したかと思うと、アロハに向かって声を掛けた。
「じゃあヤス、お前どうだ?」
「えーっ!? 俺っすか!?」
 子分の方に話が振られた。助かった……と、言いたいところではあるが……。
「あの、山田さん」
 ……あれ。
「山田さん?」
 ……返事が無い。
「山田花子さん?」
「………………あ、私?」
「そうです、あなたです」
「ああ、ごめんごめん。そういえばそんな名前だったっけ」
 うう……なんかもう何もかもが嫌になってきた……。
「で、何?」
「良いんですか? このままだと本当にやられちゃいますよ」
「別に構わないわよ。金ももらえないのに喋るくらいならその方がずっとマシだわ」
 ううむ、本当の本当に筋金入りだなあ。
 最高にずれてる。
「でも、ほら、病気なんかも心配じゃないですか」
「はぁ!? あんたも私が病気持ちだって言うの?」
「ち、違いますよ! で、でもほら。なんていうんですか、その……あっちの人は危なそうじゃないですか」
 と、聞こえたら何されるか分からないから後半はかなり小声になってしまった。我ながらちょっと情けない。
「ん、確かに……。病気持ってない方がおかしいって顔だもんね、あいつ」
 いや、そこまでは言ってません。
「でもまあ、それならあれよ。私があいつの尻に突っ込めば良いんじゃない? あのバイブを」
「俺の尻ん中に!?」
 あ、聞こえてた。
「はっはっはっ、良いねぇ。男は寝かせて姉ちゃんが攻めるってかい。そりゃ個人的には見てみたいねぇ」
「あ、兄貴!?」
「しかしまあ、そりゃあ聞けない相談だ。そういうAVの需要もあるだろうが、それをやるにはあんたを自由にしなきゃならんからな。んなことしたら、何とかして逃げるだろ?」
「え? 出演料がもらえるなら逃げないわよ?」
 この期に及んで!?
「そりゃあ本末転倒も良いとこだ。この状況でそこまでぬかせるんだから全く大した度胸だねぇ。しかし、まあ残念ながら出演料は出せないね。理由は分かんだろ」
「じゃあやっぱり逃げるわね」
「だろ、だからやっぱりあんたがやられる側だ。まあ、確かにコイツは風俗と聞きゃあ何でもかんでも試してみるロクデナシだ。治療どころか検査にも行ってねえ筈だから、きっと何かしら持ってるだろうなあ」
 うわあ、自分で言っておいてなんだけど、図星だったのか……。
「ほら、山田さん。ああ言ってますよ。もしもそれで病気が感染したらどうするんですか」
「別にどうも?」
 何故!?
「はっは、堂々としてるねぇ。見てて気持ち良いぜ。ほら、ヤス」
 言いながらビデオカメラをアロハ――ヤスさんに突き出す。
「これで決まりだ。やっちまいな」
「ほ、本当に良いんですかい?」
「遠慮しないでやっちまえよ。これが一番手っ取り早いんだからよ」
「へへへ、それじゃ、お言葉に甘えて……やらせて頂きますよ」
「あ、でもほら山田さん。もし病気になったら治療費が掛かりますよ?」
「言うわ。教えてあげる。お金の使い道」
 早っ!?
「はっは、気持ち良い切り替えっぷりだな、姉ちゃん」
 全く手のひら返し半端ないな。しかし、少しずつ山田さんの扱い方が分かってきた気もする。
 一方アロハのヤスさんは少し残念そうだ。まあ、股間膨らませて期待していたことがギリギリでダメになったんだから当然だろうか。
「お、俺としてはこっちの方が嬉しいけどな」
 と言って未練がちにヤスさんがビデオカメラを構える。「ま、正直言うと俺も同感だ。この姉ちゃんと話してても金が返ってくる気がしねぇ。だったらとっとと体で稼いでもらう方が余程早いだろうよ」
 そうは言いながらビデオカメラを小太りのヤスから受け取ってテーブルに置く。どうやら一応話を聞く気はあるようだ。
「本当はね、ちゃんと返すつもりだったのよ。ほら、私って真人間じゃない」
 え?
「競馬の話なんだけどね、鉄板レースがあったのよ。そりゃあもうガッチガチの」
 うわっ。まさかとは思ったけど博打だったのか。競馬のこと知らない俺でもオチが分かる。これはダメだろう。
「単勝百十円だったんだけどねー。そいつに三百万つぎ込んで、見事増えた分――三十万だけ貰って残りはちゃんと返そうとしたのよ、でも……」
 ああ、聞きたくない聞きたくない。
「いざ買おうとしたら、同じレースで連勝二千百円っていう組み合わせが目に入ったのよ。百十円と二千百円なら、そりゃあ二千百円の方が美味しいと思わない?」
「予想を超えた馬鹿だった!」
 あ、馬鹿って言っちゃった。
 ていうか今更だけど、単勝とか連勝とかそれが二千幾らとか、正直話の内容がいまいち把握しきれていないんだよなあ。
「耕也さん。その金額は、賭けた馬が勝った時に、百円が何円になるかという数字です。二千百円ということは、百円賭けたら二千百円に。つまり、三百万円賭けたら六千三百万円になるんですのよ」
 六千三百万!? やばい。でかすぎて全くピンと来ない。もうそこまで行ったら宝くじの当選金とかそういうレベルのイメージだ。
「ああ、でもそれを聞くと分かる……。それだけ儲かるってことは、当たる確率はそれだけ低いってことですね……」
「ええ、まあ、そういうことです」
 俺が色々と理解していないのを察知して教えてくれた小春さんに感謝。というか小春さんはなぜ知っているんだろうか。
「でもホント、人生、一発逆転ってあるのねー」
 え?
「見事に大当たりしちゃって。もうマンションでも買っちゃおうかしら」
 うぉい!?
「外したんじゃないのかよ! 金は無いって言ったじゃん! 返せないって言ったじゃん! あるんじゃん! 超余裕であるんじゃん!」
 ああ、いかん。つい乱暴な突っ込みになってしまった。年上の女性に対して。
 ……いや、今更山田さんに対してそんなことを考えるのはそれこそお人好しって奴だろうか。
「いやいや、待ってよ。考えてみて」
 え? 考えて? ……何を?
「いい? 私が手に入れたお金は、全額お馬さんチャレンジに使われた。ここまでは分かるわよね?」
「ええ、まあ」
 お馬さんチャレンジという言い方が分かるような分からないような微妙なところだが。
「その結果、見事大当たりの私に対して、六千三百万円が払い戻された、と。大丈夫? ついて来れてる?」
「何か馬鹿にされている気がしますが、大丈夫ですよ」
「まあ、案外鋭い子だこと。ともかくつまりその六千三百万円は全て競馬場からもらったお金っていうこと。ね?」
 何か聞き捨てならないことを言われた!
「ということは、こいつらのお金は今競馬場の方にあるわけよ。今私が持っているこのお金は、こいつらから奪ったお金じゃあないの。競馬場から貰ったお金。だから返せないっていうか返す義理が無いの。返してほしいなら競馬場の方に行かなきゃ駄目なの。ね、分かるでしょ?」
「分かりません」
「えー?」
 えー? じゃないよ!
「……あ、そうか。耕也君ってもしかしてちょっと理解力のかわいそうな人? そういえばさっき名前聞いた時も私の質問理解してなかったもんねぇ」
「違います」
「かわいそうな人はみんなそう言うのよ」
「違います!」
「ええと、じゃあ順番に説明するわね。ここにリンゴが三百万個あります」
「突っ込み切れねぇ!」
「三百……マン個……!?」
 唐突に彰が割り込んできた。
 ていうかどこに反応してるんだ。中学生かお前は。
「はあ、まあ、ともかく、だ……」
 放置していたら話が進まないと判断したのか、スーツが割り込んできた。
「このぶんだと金はちゃんとあるみたいだな。安心したよ」
 言ってため息をつく。なんだか疲れているような表情だ。気持ちは分かる。俺も疲れっぱなしだ。
「金を作れば良いとは言ったが、実際には最後の手段だからな。手間ぁかかるし下手したらこっちの関係者に素人さんに金を盗られたことがばれちまう。そうなると、まぁ、色々と面倒の方が多くなるんでね」
「だから金はないって言ってるでしょ。馬鹿なの? ニワトリなの? 三歩歩くどころか座ってるだけで忘れるとかよっぽどだわ」
「……こっちはこれで相当我慢してたんだが、どうやらそうする意味も無いみたいだな」
 内ポケットに手を入れる。
「兄貴、兄貴、そりゃまずいですって!」
 アロハに止められ渋々と懐から手を出した。……何を取り出そうとしたんだろう。考えちゃいけない気がする。
「まあ、もうどっちでも良いよ。あんたの金だろうが俺らの金だろうが。金があるってだけで充分だ。俺らはその金が欲しい。その金を出すなら黙って解放してやる。出さないなら出したくなるまで痛い目見てもらう。どうだい、分かりやすくて良いだろ?」
 ようやく方向性が定まって余裕が出て来たってところかスーツが肩をすくめておどけた風な様子で山田さんに声をかける。いかにもヤクザの本領発揮といった感じだ。
「そうねぇ。どちらにせよ出さなきゃいけないなら……出した方が良いんでしょうね」
 この期に及んで心底残念そうな表情で山田さんが呟く。
「そういうことだ。話が早くて助かるぜ」
「じゃあ、取りに行くからこの縄ほどいてくれる?」
「悪いけどそれは信用できねぇな。これまでのことを考えれば当然だろ? あんたは腹ん中で何考えてるか分からねぇからな。そのまま縛られててくれや」
「大丈夫よ。この三人を人質ってことで残しておけば。そうすれば私も戻ってこざるを得ないでしょ?」
 え? 俺ら?
「……お前ら、初対面じゃなかったのか?」
「初対面だけど?」
 ええ、初対面ですねぇ。
「……人質になるのか?」
「……………………………………………………………………………………………………………ええ」
 間、長っ!
「どうやら金を出したい気分になってもらった方が良さそうだな。その顔面、パンパンに腫れ上がるまで殴ってやっても良いんだぜ?」
「ヒドイ! 彼には手を出さないでよ!」
「ええっ!? お、俺!?」
「そいつじゃねぇよ!」
 ああびっくりしたびっくりした……。
「え、じゃあまさか……彼女たち!? ヒドイ! 女の子を殴ろうだなんて!」
「ええ!? ぼ、僕ら!?」
「だから違うつってんだろうが! テメェだよ!」
 実際この山田さんの余裕ってどこから来てるんだろうか。どうかと思うほどの神経の太さだ……。
「はぁ……ったく。テメェのその態度を見てると、殴ったところで金のありかなんぞ吐きそうにねぇなあ」
「分かってるじゃない」
 分かりたくないけど俺も分かってしまう……。
「何でそんな元気なんだよ……俺の方が疲れてくるわ」
 ああ、ヤクザの本領が一分持たなかった……。
 ううむ、どうもこのまま黙ってたらまた山田さんの独壇場で堂々巡りになりそうだな。
「あの……提案なんですけど」
「あ?」
 う、怖っ。負けるな俺。この状況を打破するために。
「彰と小春さん――あ、その二人ですけど。その二人に取って来てもらうのはどうですか。そうしたら俺が人質としては役を果たすから大丈夫だと思うんですが」
「耕也!?」
「ほぉ……アンタが行くんじゃなくて、彼女らに行ってもらうってのかい?」
「それは、まあ……女の子を危険なところに置いていくわけにはいかないですし……」
 一応、女の子、と言っておこう。一応。
「ああ!? 俺らが危険人物って言いてぇのか!?」
 アロハに怒鳴られる。しまった。失言だった。
「ああ、待て待て。まともな人らからすりゃあ確かに俺らは危険人物だろうが」
 スーツが諌めてくれる。こういう余裕のあるところはちょっとありがたい。
「頭では分かってても、なかなかそんな提案できるもんじゃあねぇ。兄ちゃん、なかなか度胸あるねぇ。ま、キンタマ付いてるからには女の前で良いトコ見せたいもんなぁ」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「見てくれだけの兄ちゃんかと思ったが、コイツはなかなかたいしたもんだ。さて、姉ちゃん、どう思う?」
 再び余裕を取り戻した長身が山田さんに声をかける。
「どう……って?」
「兄ちゃんの提案だよ。俺は悪くないと思うがね」
「余計なこと言ってんじゃないわよこれじゃあ逃げられないじゃない一円だって払いたくないのに。なんて微塵も考えてないから良いかもしれないわね」
 考えてたんだ……。
「ああ、でも残念だわ。私、どこにお金を置いておいたかすっかり忘れちゃって。ああ、自分でいけばきっと思い出せるのに」
 嘘臭い! 確実に逃げる空気満々じゃん!
「大丈夫よー。三人が人質で残ってるんだからー。逃げない逃げないー気がするー」
「……仕方ない。僕の奥の手を出す時が来たかな」
「え?」
 おもむろに彰が体をよじる。かと思うと縄がほどけた。
 え?
「な!? てめぇどうやって!?」
「縄抜けくらい身につけてないと自縛できないからね!」
 ああ、なるほど。と納得してしまう自分が悲しいわ。
「ま、ボケはさて置き、縛られ方に幾つかコツがあるんだよね。きつく縛らせないコツ。手首の向きを変えるとか――こうやって拳に物を握りこんでおくとかね」
 彰が手を開く。そこには、俺にとっては忌まわしいアイテム……ICレコーダーが握られていた。
「そういうコツを幾つか併用すれば、簡単に抜けられるんだよ。さて、というわけで本題。このレコーダーにはこれまでの会話が録音されてます。ので、まずは第一の提案。このレコーダーと引き換えに僕ら三人を解放して欲しい」
 この状況で妙に冷静に彰が駆け引きを始める。普段はボケっぱなしなのに、なんで今日に限ってそう危険そうなことを始めるのか。ああもう……。
「……んだとぉ?」
「待て待て、ヤス」
 今にも襲いかかりそうなアロハをスーツが抑える。
「残念だが嬢ちゃん。そりゃあ取引としては成立しねぇよ」
「へぇ、どうして?」
「そりゃあ、そんな会話が警察に流れたところで俺たちは痛くないからさ。幾らかマズい言動もあるかもしれんが、実際にやってるわけじゃあない。警察もその程度で動くほど暇じゃあねぇよ」
「ちっちっちっ。勘違いしてるね。別に警察に持って行くつもりはないよ。持って行くのはあんた達の事務所の方さ」
「それこそ意味がねぇ。俺らにとっちゃあ日常会話って奴だからな」
「ふふん、自分達の発言も覚えてないだなんて。そこの女が言ってたように、全く物覚えは悪いみたいだね」
「てめぇ……あんまりふざけたこと抜かしてると――」
「ま、怒るのはこの録音を聞いてからにするんだね。――とその前に」
 彰が視線をアロハの方に向ける。
「おじさん。凄く大きいです。ってちょっと言ってもらって良い?」
「ああ? 凄く大きいです? なんでんなこと言わなきゃなんねぇんだよ」
「はいおっけ! これで完璧! いい声頂きました! というわけでレッツ再生!」
 彰の指先が再生ボタンに触れる。






『うはっ! いい男』
『やらねぇか』
『良かったのか。ホイホイ来ちまって。俺はノンケだって構わねぇ。食っちまう人間なんだぜ』
『……いいこと思いついた。お前、俺のケツん中でションベンしれ』
『えーっ!? 尻ん中に!?』
『男は度胸。何でも試してみる。きっと気持ち良い。ほら、遠慮しないでやっちまえよ』
『それじゃ、やらせて頂きます』
『このぶんだと、相当我慢してたみたいだな。腹ん中がパンパンだぜ』
『ところで俺のキンタマ見てくれ。コイツ、どう思う?』
『凄く大きいです』






「なんじゃこりゃあ!」
 俺が言いたいわ! なんじゃこりゃあ!
「い、言ってねぇ! 俺らはこんな言ってねぇぞ!?」
 怒鳴られるまでもない。あの状況下でこんな会話が成されていたら明らかにおかしい。しかし間違いなく声はこの二人だ。意味が分からない。
「確かに……直接は言ってない。けれど、この僕のテクニックによって要所要所の単語を拾うことで見事この会話を完成させたのさ!」
 凄ぇなお前のテクニック! ていうか怖いわ!
「ああ、言われてみれば、単語の継ぎ目とか一部不自然に感じるところがありますわね。言われてみたら、というレベルですが」
 小春さんが冷静に分析する。
「さあて、これを君らの事務所に持って行ったらどう思われるだろうねぇ。ま、考えるまでもないとは思うけど。オフォモ達扱いされちゃって、立場無くなっちゃうんじゃないかなあ?」
 楽しそうな顔で彰がICレコーダーを見せびらかす。山田さんに中盤持って行かれていたけど、ようやく本領発揮できて楽しそう。といった感じだ。
「く……まあ、良い……取引に応じてやるよ。おい、ヤス。ほどいてやれ」
 言われたアロハが俺の方に足を向ける。
「あ、小春さんからほどいてあげて下さい……」
「おうおう、優しいねぇ。ったく」
 苛立たしげに言いながらも素直に小春さんの方に行ってくれる。
 少々手間取ってほどくと、今度は俺。無事ロープをほどいてもらえた。ほんの数十分のことだけど、拘束から解放されるのって凄い良い気分だ。
「さて、続きまして提案その二。山田さん」
 先のICレコーダーをスーツに向かって放り投げると、彰は山田さんへと体を向けた。
「ここにもう一本、ICレコーダーがあります。これ、買わない?」
 なにぃ!?
「……はったりでしょ。そんな妙な会話が幾つも作れるもんですか」
「どうぞご自由に。判断は任せるよー」
「………………幾らよ」
「三百万」
「いらない」
 早っ!
「一円でも金を払うくらいだったら、世界中に痴態をばらまかれる方がマシだわ」
「そう言うと思ったよ。ま、良いけど。上手くさばけば五百万くらいにはなるしね」
「オッケー。三百万ね」
 早っ!
「はい、じゃあ契約成立。お金プリーズ♪」
 しかし妙だな。彰ってそんな金にこだわるような奴だったっけ。
「分かったわよ……。じゃあ私の上着の左袖を破って頂戴。縛られてるから自分じゃできないのよ」
「へ? 袖?」
「ほら、気が変わる前に早くしなさいよ」
 戸惑い気味の彰が、しかし言われた通りに上着を引き裂く。
「あ、なんか出てきた」
 生地の隙間から何か出てきた。……キャッシュカードだ。十数枚。
「適当に三枚拾ってちょうだい」
 素直に従い彰がカードを拾う。
「その三枚ね。ちょっと見せてちょうだい。ええっと、赤いカードが一五八六。銀のカードが九二二七。銀に緑のラインの奴が七五三五よ。百万ずつ入ってるから下ろしなさいな」
 何その隠し方!?
「耕也君。驚いているみたいだから教えてあげる。私はね、お金の為ならどんな苦労も厭わないの。そう。二時間の間に各銀行、信用金庫、郵便局、農協その他を巡って六十三枚のキャッシュカードに百万円ずつ入れ、さらに衣類バッグその他あらゆる場所に隠すくらいの手間、何の苦も感じないのよ」
 てことはあの服のどこかに他にもキャッシュカードが隠されてるのか……。
 うん、この人絶対努力の方向性間違えてる!
「ていうか、一つの口座にまとめた方が利子とか入って良いんじゃないですか?」
「綺麗なお金なら喜んでそうするんだけどねぇ」
 分かってはいたけど案の定自覚してたよこの人!
「ま、とにかくそれで三百万よ。さ、早くそのICレコーダーをよこしなさい」
「ちゃんと現金を確認したらね。小春ちゃん、下ろして来てもらって良い?」
「え? あ、は、はい。ええっと……暗証番号は何番でしたっけ」
「ったく、ちゃんと覚えなさいよ。赤いカードが一五八六。銀のカードが九二二七。銀に緑のラインの奴が七五三五」
「全部暗記してるのか……凄ぇ……」
 山田さんが面倒そうに言うのを聞き、小春さんが慌ててメモを取る。
 そして、彰からカードを受け取ると、一瞬こっちに視線を向け、そのまま小屋から出て行った。
「勘違いしているみたいだから教えてあげるわ。別に六十三個も暗記してるわけじゃないわよ。そんな化け物みたいな真似できるわけ無いでしょ」
「え? そうなんですか?」
「十種類も覚えれば充分よ。口座番号の語尾が一の時はA、二の時はBの番号。みたいなね」
「ああ、なるほど……」
 それでさっきカードを一度見せてもらったのか。
「今のは例えだけどね。実際には違う法則で番号は決めてるわ」
 用心深い……。
「ついでに言うと、暗記しているのは四ケタじゃなくて三ケタよ」
 へ?
「暗証番号の合計を全部二十にしているの。そうしたらほら。三ケタだけ覚えたら四ケタ目は計算で出せるでしょ。二つ三つならこんなことしなくても良いけど、覚える数が多い時は結構役立つのよ」
 一五八六、九二二七、七五三五……。本当だ……。
 知恵が回るなあ。その知恵をなんでこんなろくでもない努力にしか使えないのやら。
 ま、ともかく今は小春さんを待つか。


「お待たせしました。確かに三百万、下ろせましたわ」
 そう言って小春さんは分厚い封筒の束を三つ彰に渡した。
「数える必要は……ないかな。小春ちゃんがチェックしてくれてるだろうからね」
「ええ、その点は大丈夫ですわ」
「はい、じゃあこれ、約束のモノ」
 後ろ手に縛られた山田さんの手にICレコーダーを握らせる。
 山田さんはそれを受け取ると、器用に手探りで再生ボタンを押した。






『彰と』
『小春の』
『ショートコント!』
『ラーメン屋』
『ああ、お腹がすきましたわ。あ、丁度こんなところにラーメン屋が』
『へいらっしゃい! 何にしやしょう!』
『じゃあ醤油ラーメンで』
『ああ、申しわけありません、ラーメンは品切れでして』
『ラーメン屋なのに!? ……じゃあチャーハンで』
『ああ、申しわけありません。チャーハンも品切れで』
『……餃子』
『餃子もちょっと……』
『何もないじゃないの! 何ならあるのよ!』
『そうですねぇ、ラー油なら』
『まさかの調味料!?』



『彰と』
『小春の』
『ショートコント!』
『大回転ジャングルジ』
「何よこれ!」
「何だこれ!」
「なんじゃこりゃ!」
 二人組まで一緒に突っ込みを入れてきた。
「ああ、それは文化祭用に練習していたコントの打ち合わせ録音ですわ」
 小春さんが冷静に解説をくれる。
 文化祭用……それで内容が下ネタじゃないのか。
 この二人の会話で下ネタがないのってどう考えてもおかしいもんな。と思ってしまう俺もまたおかしいのだろうか。
 途中で明らかに不自然なことに気付いて山田さんが停止ボタンを押したわけだが、正直あと三秒早く切って欲しかった。大回転ジャングルジムとやらが気になって仕方ない。文化祭で見れるんだろうか。
「私を騙すとは良い度胸じゃない……! これのどこが五百万で売れるって言うのよ!」
「上手くさばけば幾らにだってなるよー。事実僕は今さっき、三百万でさばいたしね」
「く……!」
 おお、彰凄ぇ。賢いというかこずるいというか。
「ま、少しくらい痛い目見てもらわないとね。お姉さんのせいで耕也が結構痛い思いしたわけだからねー」
 んぅ? ……ああ、そういうことか。なんか今日の彰は山田さんに対してとげとげしいと思ったが。それで怒ってたっていうのか。……なんか照れるな。
 ……しかし実際のとこ彰にそんな心配かけた上にまるっと彰に解決してもらった辺り、ちょっと男として情けない気もするが。
「というわけで、はいどーぞ」
 彰が、手にした封筒をスーツの方に向かって投げる。
「あぁ?」
 スーツはそれをキャッチすると、中身を確認した。
「三百万。それがあれば全部解決でしょ。おじさんたちの目的はそれだったわけだし」
「……お嬢ちゃん。何のつもりだい」
「どうもこうも。僕らは迷惑に巻き込まれて困ってるだけだからね。解決するために尽力してるだけだよ。おじさんたちは目的を果たす。僕らは全員解放される。めでたしめでたし。ってね」
 親指を立てて最高の笑顔を見せる。
 やばい。こんな格好良い彰を見るのは初めてかもしれん。
 彰というとこう、下劣とか下品とか品性ゼロとか脳みそが尻にあるとか彰を呼ぶのに電話は要らぬ下ネタ呟きゃそれで良いとかそんな言葉しか出てこないんだが。
「今なんか耕也に失礼なことを思われた気がするけど今はそれよりもお兄さん達にそれを確認してもらいたいね」
 ……ばれている。
「ヤス」
「へ、へい」
「数えろ」
 スーツが袋を投げ渡す。慌てたように受け取ると、アロハは中身を出し、妙に慣れた手つきで数えはじめた。
「………………確かに三百、あります」
「んじゃ決まりだな。俺らは目的達成。これ以上ここにいる意味はねぇ」
 女子高生――彰に良い所を持ってかれた、っていうのは結構ああいう大人のプライドに触る行為だとも思うんだが。
 損得の見極めがはっきりしているというか引き際をわきまえているというか。
 きっとそういう行動が取れるから、あの若さでヤスさんより上の立場になれたんだろう。
「んじゃあな」
「ち、ちょっと! ほどいていきなさいよ!」
 山田さんが足元でもがく。
「知らん知らん。俺らの仕事は終わり。ほどいてほしけりゃそこのお嬢ちゃんにでも頼むんだな」
 もう山田さんの方を見ようともしない。すっと立ち上がると手をひらひらと振りながら入口の方へと向かって歩き出した。
 その後ろをアロハが慌てて追いかける。
「冗談じゃないわ! 私の三百万を騙し取ったような奴になんで助けられなきゃいけないのよ!」
 この期に及んで私の、とか。もう逆に清々しくて頭が痛くなってくるなあ。
 山田さんは体をよじりながらのたうちまわる。ロープで縛られていても体を反らせたり丸めたりと、ささやかに暴れる位は実際できるものだ。
 そんなこんなで暴れながら、どうやら体当たりでも仕掛けるつもりなのか、転がりながらスーツの方へと向かって動いた。
「てい、ボディプレス」
「げふっ」
 あと一転がりでスーツに追い付くかというところで彰の全体重がのしかかる。
 ちなみに彰は軽い。低身長な上に細身だから随分軽い。と言っても(恐らく)四十キロはある。四十キロの重りが真上から落ちてきたら、まあ、大抵の人は大変だろう。大の男でもそんなもんくらったら相当つらいだろうから、体格で男に劣る山田さんだったら尚更だ。
「全く……。もう解決したんだからこれ以上面倒増やさないでよね」
 起き上がりながら、心配になるくらいピクリとも動かなくなった山田さんのロープに手を掛けると、彰は慣れた手つきでロープをほどく。
 ……まあ、お前は慣れてるよなそういうの。
 そうこうしているうちに、スーツとアロハの二人は出て行ってしまった。本当にもうあっさりとしたものだ。
「ほいこれでオッケ」
 手足両方のロープがほどけたらしい。しかし山田さんは起き上がらない。ていうかピクリともしない。
「……大丈夫なのか?」
「平気平気。骨が折れてるでもなし。呼吸も脈拍も正常平坦。そのうち目が覚めるでしょ。それに――」
「それに?」
「起きてたら確実に面倒くさいよ」
 確かに……。
 まるっと納得したところで、俺達三人も体を軽く払い、小屋を後にした。
「ああ、いけない、カメラやロープや機材を回収しないと」
「ああ、そうですわね」
 小屋を後にし。
「流石に手じゃあ持ち切れないねぇ」
「ですわねぇ。何かバッグが必要かもしれません」
 小屋を後に。
「あ、そうだ。スカートを腰部分で縛っちゃえば袋代わりにならないかな」
「小屋を後にしたんだよ!」
「あああー! 結構揃えるのにお金かかってるのにぃー!」
 引きずられる二人の未練がましい嘆きがいつまでも河原に響いた。



 後日談。
「しかし今回はお前に全部良い所を持ってかれちまったなあ」
「そんな気にすることないよ。耕也の為に必死だっただけさ」
「そう言われるのは嬉しいがな。男として役に立てなかった負い目もあるんだよ。せめて何か礼ができれば良いんだが。エロ以外で」
「そうだなあ。耕也がどうしてもって責任を感じてるなら……うん、丁度お尻の穴がかゆくてね。耕也に掻いてもらおうかな。別にエロい意味じゃなくて。純粋に丁度たまたまお尻の穴がかゆいから」
「ええと、確か紙やすりがここに……」
「使えないよ!? あらゆる状況あらゆる場所で人間相手に紙やすりは絶対に使えないよ!?」



 更に後日談。
「はーい。どちらさ……ま……」
「あ、どうもぉ。隣の部屋に越してきた延上と言いますぅ。こちらつまらないものですがぁ。あ、下の名前で菜月って呼んでくれても良いですよぉ」
「……やっぱり山田じゃなかったんですね」
「最近ちょっとぉ、宝くじ的なものでぇお金が入ったんでぇ。女一人だけどぉ思い切ってぇマンション買ってぇみたんですぅ。夜とかぁ心細かったらぁ、呼んでもぉ良いですかぁ?」
「競馬でしょうが。宝くじじゃなくて。ていうかなんでうちの隣に!」
「制服も割れてる。下の名前も割れてる。となれば住んでる場所付きとめるのなんて三十万も掛かんないわよ」
「何それマジ怖ぇ」
「まあ、あぶく銭だし、いやがら……暇つぶしがてら隣に住まわせてもらうわ。よろしくね、耕也君」
「よろしくされたくねぇ。ていうかいやがらせって言おうとしたよね」
「ま、そんなこと言わずに。折角挨拶にきたんだからこれくらい受け取ってよ。奮発して五万円かけてあげたんだから」
「マジで!? いやいや、そんな高いもの受け取れませんって」
「遠慮しないでよほら。ロトシックス二百五十口」
「早速いやがらせだった!」
「そんなことないわよぉ。しかもこれ、全部同じ番号で買ってあげたのよ」
「意味ねぇ! まごうことなきいやがらせだ!」
「ま、そんなわけでこれからよろしくね♪」


          了

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あれ? 誰もコメントしていない?

とりあえず、今頃読みました(遅
新キャラも酷いキャラで安心(?)しました。

龍。 | URL | 2011-08-03(Wed)23:15 [編集]