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私は、妙に鮮明な夢を見る事がありまして。
そんな夢を見ると、無性に文章におこしたくなるのです。
今日はそんな更新でございます。
夢をそのまま文章にしただけなので、意味はありません。
オチももちろんありません。
それでも良いという方は、どうぞ続きからご覧ください。
廃病院か何かを改築したんじゃないのか。
元は真っ白であっただろうヒビだらけのコンクリート壁を前に、どうしようもなく陰鬱な気分になる。
幾ら後悔したところで、ここ以外に寝られる場所はない。しばらくの間、建物を見上げながら帰る方法が無いか頭を捻らせたが、月明かりすら見えない暗さに、他に選択肢が無いことを再度実感しただけだった。
「すいません」
扉を押しあけた途端に、カビとホコリのにおいが鼻をついた。
顔をしかめながら中を見渡す。
明かりは付いていない。左手に階段が見える。登った先は明かりが付いているらしく、うっすらと伸びた光が辛うじて一階を照らしていた。しかし、その程度の光が役を果たす訳もなく、通路の奥は真っ黒に覆われていた。
いつまで待っても返事が無いため、もう一度返事をしようと口を開く。しかし、その前に妙なものに気が付いた。
右側に大きな木のテーブルが置かれている。丁度真ん中にピンク色をしたダイヤル式の電話が置かれていた。使えるのかどうかは分からない。
妙な物はその隣にあった。
こけしだ。それも相当に気持ちが悪い。
胴体はごくごく普通のこけしだった。ペットボトルより一回りか二回り小さいという具合だろうか。しかし、頭が異様に大きい。明らかに私の頭と同じかそれ以上ある。そしてその頭には、非常に簡素な、しかしやけに生々しさを感じさせる目だけが黒く描かれていた。
私は、そのこけしと目が合ってしまったような錯覚に襲われ、目を離すことが出来なくなってしまった。
恐怖に息を呑みこんだ瞬間だった。
目が、グルリ、と階段の方を向いた。
え、と思う間もなく、こけしがけたたましく鳴り始めた。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ。
固いもの同士がぶつかり合うようなその小刻みな音が、私には子供の笑い声に聞こえて仕方がなかった。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ。
恐怖に耐え切れなくなり目を逸らす。
それと同時に唐突に音が止まった。
恐る、恐るとこけしへと改めて目を向けた。
そこには、ピンク色の電話だけがポツンと闇に置かれていた。
私は何故だか、今度はこの電話が鳴りだすのではないかという気持ちに襲われ、すぐにでもここから逃げ出したい気持ちで一杯になった。
「お待ちしていました」
ひどく低く、呟くというよりもさらに小さい、それなのに妙にはっきりと聞こえる声だ。
声のした奥の方へと目をやる。二メートルはあるだろうか、異様に背が高くて肩幅のある、しかし骸骨の仲間なのではないかと思える程に頬のこけ、目のくぼんだ大男が立っていた。身につけているぼろぼろのシャツに何か文字が書かれているが、この暗さでは全く読むことができそうにない。
「あ、この部屋へ行きたいのですが」
肩に掛けていたボストンバッグから一枚の紙切れを出す。男はそれを受け取ると、黙って階段を登りはじめた。私も慌ててその後を追う。
階段のところにまで来て気が付いたが、階段は何故か木製だった。体重をかけるごとに不快な軋みを耳に届けてくる。しかし、何故か私より倍は体重がありそうな前の男の足元からは、その音が全く聞こえてこない。
何故か知らないが、先程のこけしが脳裏に浮かんだ。なんだか知らないが、こけしと男が同じたぐいの何かなのではないかと思えて仕方がなかった。
二階は酷い明るさだった。天井に延々と設置されている白熱蛍光灯が必要以上にその役割を果たしてしまっている。それなのに妙に通路が暗く見えるのは、恐らく外壁と同じにすすけてひびの入った壁のせいだろう。
眩しすぎるのに薄暗い。その不思議なアンバランスさが、一層私の不快感を煽り立てた。
左手には、等間隔に扉が並んでいる。右手にはやはり等間隔に窓が並んでいる。しかし、近くまで行って初めて気が付いたのだが、その窓は窓の役割を果たしていなかった。
窓の先は壁だった。周りと全く同じようにひびの入ったコンクリートだ。つまり、後から埋めたのではなく、最初からこういう設計だったという事だ。
私は、今からでもここに泊らずに済む方法は無いものかと、再び頭を巡らせ始めていた。
奥は二手に分かれていた。直進と左折だ。直進方向は明かりが付いていない。その光と闇の間仕切りとでもいうように、丁度境目のところでシャッターが半分下りている。
私は、私の部屋がその先で無いように、と祈った。
幸い男は左に曲がった。私も、ほっとしながら男のあとについて左に曲がった。
しかし何故だろうか。あの道をまっすぐ行くべきだった。そんな予感が、今更唐突に私を襲った。
そのことを聞こうとした時だった。
妙に広い場所に出た。
待合所のようなものだろうか。幾つかの長椅子の奥でテレビがニュースを流している。しかし、異様に汚い場所だ。足が三本しかないテーブルに、真ん中から割れてしまっている本棚が乗っている。左右には古着が山のように盛られており、その隙間から、錆びた三輪車がハンドルと前の車輪だけ顔を覗かせていた。そんな古着の山に、枠だけのサッシが幾つも立て掛けてある。元々その枠にはまっていたものだったのか、ガラスの破片が床に散らばっており、歩くたびにジャリジャリと音を立てた。
そしてやはり、前の男は音を立てていなかった。
その先は、またも二手に分かれていた。先程と同じ、真っ暗な直進か明るい左折だ。次はどちらに行くのだろうか。
そう思った矢先、男が唐突に止まった。
「こちらです」
それだけを告げると、男は一人、元の道を戻っていった。
私は一人、取り残された。
後ろの方からテレビの音が聞こえる。笑い声だ。いつの間にか内容はバラエティか何かに替わったらしい。
立っていても仕方が無い。そう思ってボストンバッグを床に置きドアに手を伸ばした時、またも、妙なことに気が付いた。
等間隔に並び続けていた扉が、私の部屋の左側だけ抜けているのだ。
目を凝らし、恐怖した。
本来扉がある筈のその場所だけ、壁が真っ白なのだ。ヒビも全く入っていない。つまり、後から、塗られた。ということだ。
考えてはいけない。考えてはいけない。そう口に出しながら、私はいよいよ自分の部屋への扉を開いた。
フローリングの床が。奥に置かれたパイプベッドが。そのすぐ上に見える窓が。そして、真っ赤ペンキがぶちまけられた壁が。目に、入った。
何故だろうか。私はその瞬間、悲鳴を上げた。
一つだけ確信があった。この場所にいてはいけない。ここはいてはいけない場所だ。
私は一目散に走った。扉の塞がれた部屋の前を、ごみ置き場と思えるような待合所を、光と闇に分かれた分かれ道を、壁に設置された窓の脇を、木製の階段を、カビ臭いロビーを。
外に出た瞬間、思い切り息を吸いながら実感した。
この部屋に泊るぐらいなら野宿の方が遥かに安全だ。どこでも良い。とにかくこの場所を離れよう。
そう思った時、大変な事に気が付いた。
ボストンバッグが無い。
即座に思い出した。部屋を開ける時、床に置いたのだ。
あの中には、着替えと携帯電話とノートパソコンと財布とが入っている。しかし、果たして取りに行っても大丈夫なのだろうか。
見上げた先の、唯一明かりの付いた部屋から見下ろす髪の長い女と目を合わせながら、いつまでもいつまでも私は悩み続けた。
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