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咄嗟に伸ばした手が、首と縄の隙間に入り込んだ時は安堵した。しかし、それが何の効果も成さないことを身を持って自覚する。
呼吸が出来ない。吸う事も、吐くことも。何度試しても出来ない。それでも止める事が出来ない。体が、呼吸を欲している。
徐々に、頭のてっぺんが痺れてくるのが分かる。頭全体に熱が溜まり、脳の中心から髪の毛まで痺れているのが分かる。意識が朦朧とするのに逆らって、熱と痺れだけが鋭敏になっていく。
不意に、視界が右の端から赤色に染まり始める。まるで赤いセロファンを越しているかのようだ。全てが赤い。そしてセロファンが一瞬で過ぎ去る。更に赤い。物と物の境界が赤で埋まる。ペンキだ。世界がペンキに染まる。赤い。赤い。もうおれの世界には赤しか存在しない。
一つ、気がつく。おれは、いつの間にか呼吸を止めていた。息は苦しい。死にたくない。なのに、呼吸するために抗う気が沸かない。望んでもいない死を受け入れるように、おれの心は脱力していた。
不意に縄が解けた。その瞬間、肺に冷気が流れ込む。口中に溜まった唾液を巻き込んで、肺が酸素で満たされる。当然、勢いよくむせてしまい、全く思うように呼吸が出来ない。それでも、そんな不完全な呼吸でも快適に思える程の解放感に晒される。
視界が再び赤セロファンへと変化する。赤セロファンから、ほんの一瞬、元の視界に戻る。何故か、あまりの眩しさに目がくらみ、頭痛を覚える。その頭痛を受け入れる間もなく今度は黒に代わる。視界は完全な闇になった。
やがて、呼吸が整うのに合わせるかのように視界も段階を踏んで明るさを増す。
呼吸が整った時には、もう、完全に元の通りだった。
最早、名残は、指を沿わせた首筋に感じる蛇腹模様しか存在しなかった。
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