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「あ、目が覚めたのですよ!」
「ここは……?」
うっすらと見覚えのある小奇麗な建物の屋根。ぼんやりとした頭で入鹿は、そこがイワナに出された茶を飲んだ本殿である事に気付いた。
一瞬、お茶を飲んだ後の全てが夢であったように思ったが、自分の胸にある二つの異物感が、あの悪夢が現実であった事を伝えて来た。
「お疲れさまでした。お仕事はこれで終了です。巫女装束はひどく汚れてしまったのでこちらで脱がせておきました。今、男に戻る薬をお持ちしますね。それと合わせて本日の給金もお渡しします」
言われて初めて入鹿は、自分が裸である事に気が付いた。
「え……あの、俺……そうだ! 確か食われかけて!」
「夢でも見たのではありませんか? 私どもが見に行った時は、疲れに意識を失ったあなたが御触手様の傍で倒れていただけでしたよ」
「あれ……? そうでしたか……」
どこかで意識を失って、そこからは夢だったのか。まぁ、あの状況では錯乱しても仕方ないな。首をかしげつつも入鹿はそんな風に自分を納得させた。
「危なかったのですね。あと十秒気付くのが遅かったら吐き出せませんでしたよ。そうしたらイルカちゃんは御触手様のえいよーになっていたのです」
「馬鹿ヤマメ! しっ!」
「あ、ごめんなさい! イルカちゃんが死にかけたって本人にばれると色々厄介だから内緒にしておくというイワナちゃんとの約束ヤマメちゃんはをすっかり忘れていました」
「死にかけた!? やっぱり!」
あっさり全てを暴露したヤマメに入鹿が詰め寄る。
「じゃあやっぱりあれは夢じゃなかったんだな! お前があんな薬を使わなければ俺は!」
「えうぅ、ヤマメちゃんは頼まれたからやっただけなのです。ヤマメちゃんは悪くないのです……」
突然怒鳴られ、ヤマメは身をすくめる。そんなヤマメのおびえた様子に気遣う事無く、入鹿は畳みかけるように言葉を続ける。
「お前が誤解して変な薬を使ったのが悪いんだろ! 居直るなよ!」
「あの、あまりヤマメを責めないで……」
見かねてイワナが口をはさむが、興奮した入鹿に対しては逆効果も良い所だ。
「今責めないでどうするよ! 俺は殺されかけたんだぞ!? アンタもアンタだ! あんな危険な生き物相手の仕事だなんて何も言わなかったじゃないか!」
「い、いや、それは確かに悪いと思っているのですが……」
「悪いと思ってる!? 今さら都合のいい事言ってんじゃねぇよ!」
「あうぅ。ヤマメちゃんに猿の干し首買ってくれる約束はどうなるですか?」
「はぁ!? そんな約束無しに決まってるだろ! むしろこっちが慰謝料貰いたいくらいだ!」
「ふぇ……。じゃあ、イルカちゃんは嘘ついたのですか?」
「嘘!? 嘘ついたのはそっちだろうが! 大体――」
「ちっ。うぜぇ……。ちょっと乳がでかいからって良い気になりやがって」
「……え?」
声のトーンが二つか三つ一気に下がったイワナの声に、入鹿は一瞬空耳かと自分を疑う。
「決めた。ヤマメ、コイツ消そう。乳でかいし」
「え、あの、磐……梯さん?」
二回目に、ようやくそれが空耳じゃない事に気付いた入鹿は、自分が危険な状況に立たされているらしい事に薄々と気付き始めた。
「それが良いのです。嘘つきさんは万回刺されて犬の餌なのですよ」
「いや、ちょ……」
「大体こんなうまい話に騙されてホイホイやって来た自分が馬鹿なんだろうが。ちょっと人生終わりかけたくらいでギャーギャーわめくんじゃねぇよ。乳がでかいからって」
「ヤマメちゃんは危険棚からお薬を持ってくるのですね。アレがあれば骨の芯まで三十秒で溶けるのですよ」
「良いねぇ。アレで溶けた後の液体は栄養があるんだ。御触手様も元気になるってもんだろ。乳もでかいし」
「待った! いや待って下さい!」
「あ? なんだ、乳」
「その、えっと、俺が悪かったです! 素直にバイト代貰って帰りますから許して下さい!」
「………………そう言っていただけて何よりです。ち……富士さん」
「ほぇ……。じゃあヤマメちゃんとの約束も守るですか?」
「はい、守る! 守ります! 守らせていただきますとも! 猿の干し首喜んで買います!」
「わぁい! やったのです! さっそくいんたーねっとで注文してくるのですよ!」
御触手様に飲み込まれた時以上に命の危険が眼前に迫っていた事を察した入鹿は、背中に嫌な汗を浮かべながらも心から安堵した。
「あの……よろしいんですか? ヤマメとあんな約束して」
「え? あぁ、良いんですよ。咄嗟の状況だったとはいえ、約束したのは事実ですからね。バイト代が八万も出るんだし、そこから払いますよ」
「バイト代から……? もしかして富士さん、何も聞いてないんですか?」
「え? 何がですか?」
「注文してきたのですよ! はい、イルカちゃん。コレ請求書なのです!」
「あー。はいはい……ってなんじゃこりゃあ!?」
「個数限定大特価! アメリカ一のシャーマンとして名高いアロワナ・キラウェア氏が三カ月かけて呪を込めたオランウータンの干し首。今なら送料無料で四百八十万円!(税込)」
「よんひゃく……はちじゅう!?」
桁を数え間違えているのかと思い何度も見直すが結果は変わらない。間違いなく四百八十万円だ。
「高くてとても買えないからヤマメちゃんは駄目だと言ったのですが、イルカちゃんの心の広さに万歳万歳なのですよ」
「え、いや、ちょ、これ、む……」
無理、と言おうとした入鹿がためらう。言いかけたその瞬間、確かにヤマメの瞳が「やっぱり万回刺しますか?」と語りかけて来たのだ。
「あの……分割でお願いします」
「はぁい。分かったのですよ。六十回払いで申し込んでおきますね」
つまり月々八万円。瞬時に計算を終わらせた入鹿は、その支払いをどうするかで頭を抱えた。
「あの……富士さん、もしよろしければなんですが」
「は、はい!? なんでしょう!」
「正直、お支払いは厳しいでしょう? もしよろしければ、この掘化野神社に住み込みで働いてみませんか?」
「……え?」
「先程と同じ内容でしたら、一回で八万円お支払い出来ますし、その他にも住み込みでしたら色々とお仕事を紹介できます。お掃除や修繕その他雑務。割の良さを求めるのであれば、御触手様から作られる薬の効能チェックなどというのもございます。もちろん、巫女としてのお仕事になりますので、ここに居る間は男性に戻す事が出来なくなりますが」
確実に稼げる手段がない以上、他に選択肢も無い。しかし、あまりの内容の不穏さ――特に薬の毒見――に、入鹿は決断できず二の足を踏んだ。
「それに恐らく、支払いが滞ったらヤマメはためらいませんし」
「お願いします。頑張ります」
何にためらわないのかは分からない。しかし、ためらわない結果自分がこの世から抹消される事だけは確かだ。
命に代えられるものはない、と即座に判断し、入鹿はイワナの提案を快諾した。
「それでは、今日から掘化野神社三人目の巫女として、よろしくお願いしますね。イルカさん」
「わーい、よろしくなのですよ、イルカちゃん」
「はは……は……よろしく、二人とも」
もしもこの時イワナの声が聞こえていたらもう一悶着あったかもしれない。イルカの耳に届かない、小さな声でイワナは確かに言ったのだ。
「計画通り」
と。
黒い。ひたすら黒い。
その一言に尽きます。
もあ | URL | 2009-08-12(Wed)20:44 [編集]
おちかれ様です。
ヤマメちゃんが酷い(w
こっちの触手巫女は全然進まないです。
いまだに触手シーンまで辿りついてない^^;
Tarota | URL | 2009-08-13(Thu)20:08 [編集]
>もあさん
コメントありがとうございます。
久しぶりにエロを書こうと思ったのになんだかこんな事になってしまいました。
まろんどさんはもしかしたらもう普通にエロい作品が書けなくなってしまったのかもしれません(ぇ
……次は、そんな不安を払しょくできるような作品を一発書きたいでございますねぇ。
ただ、こういう黒さ満載なキャラは結構好きでございますので、またこのキャラ立ちで何か書けたら楽しいかなぁ、なんて事も密かに思ってはおるのでございます。……次は、そんな不安を払しょくできるような作品を一発書きたいでございますねぇ。
>Tarotaさん
コメントありがとうございます。
個人的にはヤマメちゃんは結構な萌えキャラだと思うんですよ。
それもまろんどさんのツボな。
違いますかねぇ……。
なかなか筆が進まないとき、かと思えば一気に進む時、こういうものにはムラっけがつきものでございますからね。
どうか焦らずに良質なものを期待しておりますですよw
まろんど | URL | 2009-08-13(Thu)22:09 [編集]
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